概要
公式Webページ:
劇場アニメ『薄暮』公式サイト
福島県いわき市を舞台にした、音楽部の少女と美術部の少年の恋愛を描いた物語。
薄暮とは、夕暮れの黄昏の時間帯を指す。
ストーリー
いわき市に住む女子高生・小山佐智は音楽部に所属し、文化祭に向けて毎日練習に明け暮れていた。
佐智は、練習後にひとりで田園の中にポツンと立つバス停に行き、その風景と薄暮の太陽の光を見るのが好きだった。
毎日そのバス停に通っているうち、絵を書く高校生・雉子波祐介と出会い…。
本作は、薄暮の時間帯と、いわき市の美しい風景のなかで、たまたま知り合った男女の高校生が織りなす、恋愛物である。
ただし、その恋愛の内容はよくある普通の恋愛である。
特筆して、なにか大きな出来事があるわけでない。
もちろん、つまらないということはない。
初々しい高校生のカップルのやりとりに、少々うらやましさを感じる。
ただ、欲を言えばキャラの深掘りがもっと欲しいとは感じた。
どういった生い立ちなのか、音楽or絵画を始めたキッカケについて、より深掘りしたりといった内容が少し物足りない。
とはいえ、1時間に満たない尺では難易度が高かったか。
それはさておき、本作はそんなストーリー以上に大事な物がある。
演出
それは、舞台となるいわき市の風景である。
特に、バス停がある田園風景と、そしていっしょに描かれる薄暮の太陽の光とのマッチが美しい。
「絵画を描くように描くことを意識した」「実際の写真は見たが、実際の場所には行かなかったことが逆によかったかもしれない」という話を聴いたが、その通りかもしれない。
写真や実際の風景と同じように描くのでは、アニメでやる意味はない。
アニメにはアニメにしか描けない、あるいはアニメだからこそ描ける物があると思う。
それがうまく作用してると感じた。
いっぽうで気になる部分はいくつかある。
ひとつは、シーンの切り替えである。
序盤だが、10秒近く止め絵のような状態で演奏が続いたかと思うと、いきなり画面が切り替わるシーンが存在する。
そういう演出なのだ、と言われればそれまでだが、引っ掛かりを感じなかったといえば嘘になる。
そのほかにも、時々気になったところがあった。
ふたつめは、祐介のぎこちなさである。
同世代の女の子を前にして、自然体でいるのもどうかと思うが、どうにも不自然だなぁと感じる言動、態度が見られる。
これもまた、そういった演出なのだと言われれば…。
みっつめは、佐智が寝付けなくて、パジャマを脱いで寝るシーンである。
あの演出は必要だっただろうか…。
本作は基本的に硬派な内容である。
最近の萌えアニメとはほど遠い。
そのため、あのシーンだけ妙に浮いて見えるのである。
個人的にはなくてよかったのではないか?と感じた。
音楽
本作では、景色と薄暮についで主役となっているのが音楽である。
佐智はヴァイオリニストであるため、ヴァイオリンの演奏シーンがたびたび出てくる。
中でも、薄暮の風景の中で演奏するシーン、その背中はとても印象的だった。
また、そこで演奏された「朧月夜」がとてもマッチしていたように感じた。
個人的に刺さったシーン
最初にバス停と薄暮が登場するシーン。
そして、薄暮の風景の中で佐智がヴァイオリンを演奏するシーン。
さらに、文化祭後に佐智と祐介が話すシーン。
いずれも、演奏やキャラクタと、背景と薄暮がとても印象的にマッチしていた。
いっぽうで、「おっ!」と感じたのは、佐智の自宅のテレビで、「本日の放射線量予報は…」という放送が流れていたシーンである。
わたしは震災後に福島に行った事がなかったので、あのような放送が日々流れていることなど初めて知った。
ああいった演出は福島が舞台であること、ならではである。
そういった細かな描写は個人的に好みである。
人に勧められるか?
★★☆☆☆ (5点中2点)
監督のネームバリューもあり、安易に勧めにくいのは否定できない。
また、ストーリーが突出しておもしろいわけでもないので、誰にでも勧められる、ということもない。
だがしかし、確実にオススメできる趣向の人種がいる。
それは、聖地巡礼が好きで、それを趣味とする人たちである。
これはもう間違いない。
劇中で、「1枚1枚絵画を描くように描くことを意識した」という風景と薄暮は、実際にはどのように見えるのだろう?
聖地巡礼を趣味としている人間であれば、これはもう気にならずにはいられない。
劇中に登場する風景はいずれも実在する場所である、とのことなので、巡礼しがいはある。
しかし、聖地巡礼好きの身としては、やはりキャラの深掘りは欲しい。
個人的な趣向ではあるが、聖地巡礼において、ただ美しい風景を見るだけを目的とするのはおもしろくない。
そのキャラがこれまでどんな風な生い立ちを経てきたのか?
どんな風に日々を生きているのか?
どんなことを感じて、考えて暮らしてるのか?
そういった人物像に想いを馳せることができるのが、聖地巡礼の魅力のひとつだと考える。
本作の内容では、そういった面が少し物足りない。
その他備考
この監督の作品であるため、あえて書くことにする。
この世の中には、理由は分からないが、製作者や発信者の人柄とその制作物や意見の内容を分けて評価しない、あるいはできない人たちが案外多い。
本作の山本監督と、本作の評価もそうである。
実は、わたし自身は山本監督という人柄は決して好きではない。
Twitterでのやりとりを見ていると、炎上や嫌われる理由もやむを得ない、と感じてしまう。
※人間関係のやりとりとはいうのは、タイミングや状況、心理面が各個人で異なるため、決して一筋縄ではいかないものではあるが。
それはさておき、いっぽうで山本監督の作るアニメはけっこう好きなのである。
「涼宮ハルヒの憂鬱」も何回見たか分からないし、「Wake Up, Girls!」のアイドルの光だけでなく闇にも焦点を当てたストーリーはとても気に入っている。
本作もそうだ。
これまで気になるところにあれこれとツッコミを入れているものの、本作は個人的に好きだ。
映画館で視聴後に原作小説を買ってしまったし、いずれは福島へ聖地巡礼へ行きたい。
なにが言いたいかというと。
ひとつは、アニメ監督自身の人柄の評価と、そのアニメ監督が作る作品の評価は完全に分けて考えるべきだ、ということである。
完全に分けることができないと、作品の評価は監督の人柄の評価に引きずられる。
もうひとつは、山本監督が作ったアニメだからと本作を見ないのは、とても惜しいということである。
山本監督の人柄を理由に本作を見ないこと。
あるいは先に書いたように作品の評価が人柄に引きずられてしまうこと。
それらも惜しいと言わざるを得ない。
確かに気になるところはあるが、それでも捨て置くには惜しすぎる作品だ。
ここまで読んで気になったのであれば、ぜひ一度鑑賞してほしい。